阪神淡路大震災から20年、もうそんなになるんだと改めて思う。20年前の蝋梅その時、私は東京で店の開店準備中だった。いつもかけているラジオから、淡路島で地震があり二名が死亡と最初のニュースが流れた。ちょうど出勤してきたバイトさんに、淡路島で地震があって亡くなった方があるらしいよと深く考えもせず話したのを覚えている。

その後、時間が進むに連れ、ニュースが伝える被害はどんどん大きくなっていき、神戸の惨状が伝えられた。神戸?Oさんのお店があるところだ。慌てて電話をかける。つながらない。明石のYさんは?つながらない。夜までひたすらかけ続けたがつながらなかった。

OさんとYさんは私が自営業を始めたとき、神戸に住むこのお二人に大変お世話になった。毎年神戸で開かれる新年会でお会いするほか、お二人が年何回か仕事で上京なさる時は必ずご連絡くださってお会いするのがどんなに楽しみだったろう。苦労なさっている分、暖かで思いやりに満ち、私が父母とも慕う方々だった。結局翌日になって別の人経由でお二人はお怪我がないこと、Oさんはたまたま入院中だったのでとりあえず食住に不自由はないことを知ってほっとした。

しかしお二人がご無事であったとはいえ、テレビで次々伝えられるあまりの大きな被害にただ唖然と画面に見入るばかりだった。後できくと、Oさんにお怪我はなかったが、三の宮にあったOさんのお店は壊滅状態だったそうだ。立て直すことのできないまま、まもなくOさんは亡くなった。死因は直接の地震によるものではなかったかもしれないが、ショックがご寿命を縮めたのだと思う。地震の後、すぐにでもお見舞いに行こうと思ったが、今来ても何もできないから少し落ち着いたらと止められた。まさかそのままお会い出来なくなるなんて・・。

1月17日が来るたびに、神戸という地名を聞くたびに、胸の中がジンと痛い。あれからYさんも亡くなり、神戸と私を直接つなぐ人はいなくなってしまった。また一度行ってみたいと思うが20年経ても喪失感がまだ抜けない。直接の被害を受けられた方々は如何ばかりであろか。黙祷。                       結婚相談所ハートフル 清野