仕事を終えて外に出ると、街も看板も、商店の中も薄暗い。それでも不自由は無く、その薄灯りが通りを優しくしている気がする。駅の自販機は1台でいいし、エスカレーターが止まって階段が混むけれど、体の不自由な人を別にすれば皆これまでより健康になるかもしれないと、思いながら登っている。

 震災前まで、新聞やテレビでは、無縁社会、孤独死、孤老など、人と人を結びつける絆の崩壊が言われ、煌々と光り輝く街と裏腹に、そこに見えるのは経済格差でぶった切られた、他人は他人、我は我のうそ寒い社会だったように思う。

 それが今、運命共同体となって、列島のそこここから人々が被災地を救えと動いている。これは一時の一体感なのだろうか?それでも、半分になった照明が柔らかく優しく照らす街の風景に、何かの芽吹きを感じてしまう。いがみ合うのではない、蹴落としあうのではない、労わりあう社会が、これをきっかけに育ってくれれば・・と思う。

 被災地で産まれた新しい命もある。人の生活はストップしてくれない。また、ストップさせてはいけない。 私の仕事、結婚相談所は、もともと人と人の縁を結ぶところだ。ついこの間までは見も知らなかった二人が出逢い、気持ちを育みあって新しい家族の絆を作る。そういう優しい、不思議な仕事だ。もともと見知らぬ他人から、家族は生まれるのだ。

 そんな風に、人と人の絆が見直され、深まって、もう無縁社会は終わりになってくれるよう、その後の日々が、そのきっかけになってくれるよう願う。ハートフル 清野